こちらの記事で、自身の吃音体験や考え方について一部書かせていただきました。
記事を書くにあたり、吃音研究の最新論文についてもいくつか調べたので、そのなかで臨床家・研究者・当事者コミュニティのあいだで早くも「現在入手できる最も包括的な吃音レビュー」と位置付けられている研究論文についてこの記事で内容を分かりやすく解説したいと思います。
この記事で取り上げる論文概要
タイトル:Stuttering: Our current knowledge, research opportunities, and ways to address critical gaps
著者:Soo-Eun Chang (ミシガン大学(University of Michigan)の研究者であり、神経科学と言語障害を専門とする著名な人物)
リンク:Stuttering: Our Current Knowledge, Research Opportunities, and Ways to Address Critical Gaps
↑こちらのリンクから論文を参照・PDFもダウンロードできます。
吃音(きつおん)は、言葉を話すときに「つっかえたり」「繰り返したり」「止まったり」する発話の障害です。子どもの頃に始まることが多く、大人になっても続く場合があります。では、なぜ吃音は起こるのでしょうか?
この論文は、現在までに分かっている吃音の原因や、今後の研究の方向性についてまとめたものです。著者たちは、「吃音は一つの原因ではなく、複数の要素が重なって起きる神経発達の問題である」と考えています。
🏅 学術的な評価・位置づけは?
- 専門誌に掲載: Neurobiology of Language は神経言語学・脳科学・音声言語障害の領域において評価が高い専門誌です。
- 内容の網羅性:
- 吃音の脳神経的原因(構造、機能、ネットワーク)
- 遺伝的要因(ライソソーム関連遺伝子、鉄分代謝)
- 子どもと大人での違い(可塑性や補償機構)
- 将来的な研究課題(MRIの定量的指標や縦断研究の必要性)
が広範にカバーされており、研究レビューとしての完成度が非常に高いです。
- 今後の引用・影響力も高いと予想される内容で、現時点での吃音研究における「総合ガイド」的な役割を果たす論文です。
以下に、この論文の核となる部分について引用を交えて解説していきます。
論文の内容解説
🗣️吃音はなぜ起こる?
“Stuttering is characterized by alterations in several speech-related interconnected brain networks, highlighting its nature as a multifaceted neurological disorder rather than a condition confined to a single brain region.”
『Stuttering: Our current knowledge, research opportunities, and ways to address critical gaps』PDF p11より引用
論文では、吃音は「多因子による神経発達障害」であるという立場を強調しています。
つまり、「遺伝だけ」でも、「脳構造だけ」が原因ではなく、神経ネットワーク、遺伝、脳の代謝(鉄分やドーパミン)など、複数の要素が複雑に関係している神経学的な障害であると論じています。
🔍 なぜ「多因子による神経発達障害」と結論づけられたのか?
Changらは、次の3つの重要な根拠を提示しています
① 広範な脳ネットワークの異常
② 神経伝達物質(ドーパミン)や鉄分の異常
③ ライソソーム関連の遺伝子変異の存在
🧠 脳の中で何が起きているの?
“Numerous neuroimaging studies with adults who stutter have associated alterations in basal ganglia, cerebellar, and cortical sensorimotor and fronto-parieto-temporal regions with persistent stuttering…”
『Stuttering: Our current knowledge, research opportunities, and ways to address critical gaps』PDF P10 より引用
① 広範な脳ネットワークの異常について
吃音者の脳画像では、大脳基底核、小脳、感覚運動皮質、前頭・側頭・頭頂葉にわたる広範な領域に構造的・機能的な異常が見られた。これらは「話す」という動作に関与する大規模な神経回路の中枢。また、認知・感情・言語処理にも関わる領域にも異常が確認され、単なる「発話障害」を超えていると主張しています。
また、脳の中の“白質”という情報の通り道にも、つながり方の違いがあるそうです。こうした違いが、言葉をスムーズに発することを難しくしていると考えられています。
言葉をスムーズに話すには、複数の脳の部位がチームのように働く必要があります。
しかし吃音のある人では、
声を出す準備をする場所(大脳基底核)
動きを調整する場所(小脳)
口や舌を動かす場所(感覚運動野)
などがうまく働いていないことが、MRIなどの画像研究で分かっています。
🧬原因は“遺伝”だけじゃない?
“Most genetic studies … support the hypothesis that stuttering … is polygenic, with multiple contributing genetic factors.”
『Stuttering: Our current knowledge, research opportunities, and ways to address critical gaps』PDF p5 より引用
“Causal genetic variants identified in stuttering are involved in the lysosomal pathway… Higher iron in gray matter could be an indication that dopamine levels are higher in stuttering.”
Stuttering: Our current knowledge, research opportunities, and ways to address critical gaps』PDF p12より引用
② 神経伝達物質(ドーパミン)や鉄分の異常について
吃音者の灰白質には、通常より高濃度の鉄分が含まれていたというMRI研究があり、これはドーパミンの代謝異常と関係する可能性が高いとされている。
ドーパミンは言語運動の制御や実行に重要な神経物質であり、その濃度異常は発話制御に影響を与える。
③ ライソソーム関連の遺伝子変異の存在について
吃音に関与することが知られている遺伝子(例:GNPTAB, NAGPAなど)は、ライソソーム(細胞のごみ処理機構)の働きに関係している。脳内でこれらの遺伝子が強く発現している部位と、鉄の蓄積が多い部位が重なっていることも指摘されている。
研究によると、吃音には特定の遺伝子(GNPTABなど)が関係している例もありますが、1つの遺伝子がすべてを決めるわけではありません。多くの遺伝子が少しずつ関わる「多遺伝子性」の障害だと考えられています
👶 吃音が「治る子」と「続く子」の違い
“Children who recover from stuttering appear to exhibit more normalized brain activation patterns and connectivity over time, possibly reflecting adaptive neural plasticity.”
Stuttering: Our current knowledge, research opportunities, and ways to address critical gaps』PDF P9より引用
吃音児と成人吃音者では、脳のネットワークや活動パターンが異なる。特に大人では「右脳」が代償的に活動している可能性があり、これは脳の可塑性(神経の適応能力)によるものと考えられる。
吃音が自然に治る子どもたちの脳では、「ことばを話すときに使う脳の働き」が少しずつ正常に近づいていくことが分かっています。
これは、脳が自らを調整し直す「可塑性(かそせい)」という力によるものです。つまり、脳が学んで、うまく話せるように変わっていくのです。これが、吃音が治る子と続く子の大きな違いの1つだと考えられています。
🌱 寛解(改善)できる可能性も?
“Future therapies may benefit from targeting specific brain circuits involved in speech production and incorporating biomarkers, such as neural activation or structural connectivity, to personalize intervention.”
これからの吃音治療は、「話す力をつかさどる脳の回路」をピンポイントで調整したり、脳の状態を計測しながら一人ひとりに合った方法を選ぶような、オーダーメイド型の治療になるかもしれません。
たとえば、「この子は脳のここが弱いから、こんな練習がいい」とか、「この人はドーパミンの働きを整える薬が効くかも」など、科学的に最適な方法を選べる時代が来ると著者たちは考えています。
まとめ
一文でまとめると
吃音は 大脳基底核を中心とする発話タイミング回路の働きのズレ が主因と考えられるが、単一遺伝子だけでは説明できない多因子性の神経発達症 であり、 子どもでは脳が可塑的で回復に向かう経路が残されている一方、成人では回路の固定化が目立つ。それでも 就学前児の多くは自然寛解を経験し、脳回路の「正常化」や代償的強化が観察される
──というのが Chang ら(2025)の主張です

吃音の原因・要素が少しずつ特定されてきています。もちろん、複合的な要因が合わさって吃音症状が発現し、そのために治療や対策が難しい、という現実は変わりませんが、原因が特定されていくことで個々の状態に合わせて対策が行えるようになるかも、と個人的には希望がもてる内容でした。
吃音に関しては、いまだに「心の問題でしょ」とか、「ゆっくり落ち着いて話せば大丈夫」などと言われることも多いですが、現状研究で明らかになっている通り、複合的要因が絡まり合って吃音症状になっていることを多くの人に理解してほしいです。
脳機能のネットワーク不全の問題は、「卵が先か鶏が先か」という批判的は見方もできますが、今回の研究では
脳の構造的変化(前補足運動野、感覚運動皮質、基底核、小脳など)
鉄の蓄積という生化学的変化
神経接続性の異常(白質のつながり方にズレ)
といった客観的で物理的に確認可能な異常が確認されている(特に特定の遺伝子の発現領域が脳の鉄蓄積領域と一致しているのいう発見。遺伝子は後天的に変えられるものではない)ので、「緊張して話せない」や「心の問題でどもる」といった吃音心因説に対する有力な反証になります。
最後に
今回紹介させていただいた論文は、ChatGPTの力を借りて読み、まとめたものです。
そのため引用や説にこちらの理解不足で誤りがある可能性もありますので、是非、興味がありましたら当該論文そのものを参照なさってください。
再度リンクを貼っておきます。
リンク:Stuttering: Our Current Knowledge, Research Opportunities, and Ways to Address Critical Gaps



多大な労力をかけ研究を続け、全ての人に開かれる形で発表してくださり、ありがとうございます。あらためて、敬意を表します。